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Ms.Private 大人の恋愛事情 第4話~結婚のその先~

仮面夫婦。

この言葉を耳にするようになって長いが、
世の夫婦のほんの一部、壊れかけた夫婦の事を指す言葉だったと思っていた。
「家族内別居」「別居」「離婚」というプロセスの予備段階。
水面下の状況。
いずれ公にその状況がさらされて、シングルへの道をたどっていく。
でも、結婚して10年もたつとあまりにもたくさんの仮面夫婦が日常の風景に
多く潜んでいることに気づかせられた。
もしかしたら、夫婦であるなら「仮面」でなければ存在しないのでは?
という程の感覚にさえなるほどに。


仮面のタイプ、もしかしたらあなたも?

その仮面夫婦にもいろいろなタイプがある。
お互いに関心を持っていないが、公の場のために「夫」と「妻」の仮面をしっかり被る
「優等生仮面」タイプ、人生の共同運命体として、生活のために「夫婦」である事を選択した
「妥協仮面」タイプ、片方は離婚を希望しているが一方が受け入れないためいに家庭内別居が続く
戸籍上の夫婦、「離婚前仮面」タイプなどなど。
多種多様のカテゴリーが存在しているのだ。


恋人同士は怒りも愛に変動させる

恋愛時代の恋人同士ならば、または子どもが生まれる前までの二人きりの夫婦時代なら、
何かの原因で互いに不満が沸き上がり喧嘩となっても、エネルギーを使い果たすまで
不満をぶちまけ、感情に任せて次の行動に移る事ができる。
「ラインの返信が遅い」「デートの約束をしていたのに仕事を入れられた」
「ご飯を作ったのに美味しいと言ってくれない」、女性の小さな怒りは躊躇せず伝えられ、
炎上しようが解決しようが納得するまで二人でやり合える。
その後、怒りの反動で更に熱を帯びた愛になったり、思い通りにならないジレンマに悩まされたり
ドラマチックな日常が繰り返されている。

ところが夫婦となるとそうはいかない。
不穏な空気が漂っても同じ家で過ごし、食卓を囲み、公の行事があれば揃って出席する。
居心地が悪くならないよう、感情がマイナスに振られないように、心静かに過ごす。
それでも目を背けなければいけない項目がキャパオーバーとなった時、
突如として夫婦喧嘩は始まるのだ。
挙句にその日まで溜め込んだ、日頃見逃がしてきたはずの不満をここぞとばかりに吐き出していく。
避難材料を羅列しては相手を責め立て、ほとんどの場合当初の要因から大きく離れた内容で
争いは終焉を迎える。
気力と体力はすっかり奪われ、バトル終了後はスッキリしたというより、倦怠感に身を包まれ
どんよりした空気になる。
これでは、「ちゃんとした夫婦」として公に立つには時間がかかってします。


行きつく先は静かなる仮面夫婦

大好きな人とずっと一緒に、時間を共に生きる事がこの上ない幸せだ、と本気で思っていた。
(実はまだ私も信じている)ところが、最近よく出会う夫婦の多くは、「静かなる仮面夫婦」なのだ。
温度が低い、一言で言ってしまえば、関心が無い、むしろ無いふりをしている。
恋人同士だったら、とっくにセパレートしているであろう二人が、粛々と夫婦をこなしているのだ。


相手の体温を感じられること、その感覚が大事

生活の中で他人同士が密に生きているのだから、「恋」というフィルターが徐々に薄れ、
「真実」と対面しながら生きていくのだから。
なんだかわからないけど、相手にイライラする、なんて事は当然芽生える気持ちであり、
お互いに心の内側で相手が予想しない不満を抱えていたりする。
でも、夫婦である以上、揉めても不安に溢れていても、突如用意される夫婦のステージでは
(家族で呼ばれる行事は否応なしにやってくるのだ)笑顔で卒なくこなすことを求められる。
直前まで争っていたとしてもそのわだかまりごと感情を閉じ込めていかなければ、心が持たない。

そうして、いつのまにか感情を丸ごとぶつける事ができなくなり、近くにいるのに温度を感じない
夫婦になっていくという危険。
熱を帯びた二人の空気は消え、冷えていく心の熱は身体の熱も奪う。
相手祖求めるSEXとは程遠くなっていく。
抑場のない惰性で続ける関係では人は艶っぽくはならない。
あんなに愛を確認しあっていた日々はどこにいってしまったのだろう。


喧嘩するほど仲が良い、の意味

「喧嘩をするほど仲が良い」とはここに来た今しみじみとその意味を感じる。
大人として生きていく上で、感情を抑えるという事は必要な場面もある。
(自分の欲求を叫び続けるだけでなく、感情を一旦置いて、周りの意見にも耳を貸してみるという状況は大人として多々求められるのだろう)でも、大切な気持ち「誰かを強く愛する感情」
を日常の遠くに置いて生きていくこと程、寂しいことはない、と感じてしまう。
欲を言えば、生活の中でさえも翻弄される程の愛を手元に置いておきたい。
WANT よりNEED。
そう、もっと本能的なものとして。


仮面であるという事は

それは「家庭」という囲いの中に突如ぶち込まれた二人が、衝突と疲弊を繰り返しながら尖った何かを摩擦し、
静かに穏やかに生きていこうと無意識のうちに身に着けたスキルなのかもしれない。

3組に1組が離婚するという時代に、「愛を持って」生涯を添い遂げる、という事はもはや奇跡的なことなのだろうか。
もちろん、結婚という形を持つことだけが大切ではないと思うし、愛のスタイルは今後もますます形を変えてくあろう。
でも、「感情が揺さぶられるような愛」に出会い「結婚」というスタイルを選択した二人であるならば、
その愛を面倒くさがってはいけないはずだ。


愛の発掘か手放す覚悟か

予想外のすべての言動をマイナスの気持ちで受け止めず「笑い」に変換する努力。
そして、熱を帯びた愛で接する事を続ける。
日々の生活の中で埋もれそうなLOVEを毎日探し続けなければ、かつての2人は本当に手の届かないところに行ってしまう。
手遅れになる前にお互いが気づかなければいけない。
夫婦である前に妻はオンナであり夫はオトコであるという事を。
もし、それが不可能であるならば、不透明な関係にしかみ付かずに潔く別々の道を生きていくという決断が必要かもしれない。
「優等生」も「妥協」も覚悟を決めて手放す事が出来たら、その先にこそ心揺さぶる愛に出会えるかもしれないのだから。

愛して愛されて求めて求められる。
こんな単純な事のハードルが高い。当たり前のようでいて当たり前のことではなかったのだ。
でもかつてその熱にどっぷり浸かっていた頃が誰しもあったはず。
大人になることは心の熱を捨てていく事じゃない。
だからこそ決意したら貪欲に愛を求め続けよう。
仮面に隠れてないで。


Go to the next stage!

 

 

      
Ms.Private
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