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Ms.Private 大人の恋愛事情~大人と恋~

見えない恋

「恋」という言葉に、人はいつまで心が震えるのだろう。
10代の時、大人たちを見て漠然と思ったことがある。
それは、恋は若い時の特権のような期間限定のもので、箱にいれて
いつか仕舞う日がくる、そんな風に無意識に感じていたのだと思う。
いつか訪れる、恋が許される時間が終わった後の自分は
それと引き換えに何を手にしているのだろうかと。
霧がかかったような大人の自分の姿を想像するしかなかった。


掴めない恋

大人になって気づいたのは、豊かな人生というのは愛に溢れている、と言いう事だ。
何気ない、日々の生活に散りばめられた愛に、人は生かされているとつくづく感じる。
愛は温かくて光の中にある。
誰かに包み込まれるような、安定した心地よい温度を作ってくれる。
愛は終わりがなく、点と点を繋げる力も持っている。愛は深く揺るぎない。
人は生まれながらにして、愛を切望して生きている。
それなのに、人はなぜ「恋」を求めるのだろう。

恋は温かいばかりじゃない。
むしろ、不安定な流れの中をコントロールできない船に乗り、温かい光を探して必死にもがいている。
そんなものではないだろうか。
時に、この上ない喜びを手にし、でもその次の瞬間には手から零れ落ちていく。
必死に拾い集めては気が付けば無くしてしまっている。
相手に惑わされ、互いの気持ちを計りあい、手に入れたい欲求を押さえなければならない。
叶う恋というのは、そうそうあるものでは無いのだ。
そう、だから恋は辛さを背負っている。
どんなに幸せだと感じる恋でも、一瞬で脆さを抱えている。

大人になればなるほど、それまでの経験が道筋を作ってしまい、
例え恋する相手に出会ったとしても、その道が交錆することは中々起こりえない。
強い気持ちであればあるほど、行き場のない想いが抜けだして彷徨ってしまう。
愛に囲まれているのに、恋というものはそれされ忘れさせてしまうのだ。


人は、それでも恋をする

大人になっても、人は恋をする。
結婚しても誰かとパートナーになっていても、恋は求めるものであると気づいたのはいつだろうか。
対象は人それぞれ、最も理想的な形で愛されている人にずっと恋を投影できる人もいれば、
テレビの中の架空の存在に恋をぶつける人もいる。
昔の恋に、しがみつきながら今を生きている人もいる。
偶然の巡り合いの中で、出会った人に恋をする。
時折、そんな事にも遭遇する人もいる。
そんな当たり前の事のような恋が、大人の恋では起きてならないのに。
それなのに、落ちてしまうのだ。不安定な流れの中に。
今ある愛をどこかにしまい込んで、光に背を向ける。
温かい光を探して手にしたのに、ようやく手に入れたのに、まだ自分は持っていなかったと思ってしまうのだろうか。

存在してはならない恋に落ちてしまった時。
人はもがき苦しむしかないのだろうか。
心の中に閉じ込めて、時折、箱を開けて覗いてみるような宝箱のような感覚を大切にする。
そして自分の中にまだ、心を震わせられる「恋」という感情があるのだと気づき、感謝する。
そこに切ないけれど幸福を感じることができれば、恋はその人に何かきらめくものをずっと与え続けられるのだと思う。

恋は、内側からも輝きを放つものであるから。
本当の巡り逢いならば、たとえ、手にした人生同士が交錯する事ができなくても、内に秘めたその輝き同士が二人だけに分かる音で共鳴しているものだと思う。
その輝きを内側から放っている人は、だからこそ、強く美しい。

大人の恋は、秘めた恋。
熱を帯びた気持ちを、そっと懐に秘めて生きていく。
巡り合えたことに感謝をして、一瞬でも共鳴する音が聞けたら、今度は手放す強さを持たなければならない。
恋は愛を目指して、愛は恋を思い返させる。
人はきっとその中で生きているものだから。
大人の恋は、強く、儚く潔くなければならない。

 

 

      
Ms.Private
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